5. 2020 「はあと」

Kはお金を持たない。Kが渡すのは『価値』だからだ。この世の中に確かな『価値』なんて存在しない。たった一つを除いて・・・。

Kは村はずれの洞窟の前にいた。

 Kの足元には、山のように置かれたたくさんの物があった。

 「これだけあれば、いいだろう」

Kは、満足した表情を見せ、背中のリュックに物を詰め込んだ。



 最初に向かったのは自転車屋だった。

 Kはハンドルやかごを見比べ、一つの自転車を見つけた。

  「これ、ください」

 自転車屋の店長は言った。

  「いいですよ。 ではお代は・・」

 店長が言いかけたのを止めて、Kは言った。

  「これで、どうでしょう?」

 リュックの中から、二袋のお米を取り出した。

  「え?お客さん、お金は持ってないの?」

 店長がきくと、

  「昔は持っていたんですけどね。今は持たないんです」

 Kはそう言って、自転車に乗って去って行った。



  次に向かったのは薬局だった。

  Kは薬剤師にたずねた。

  「熱を下げる薬と、お腹の薬をください」

 薬剤師は答えた。

  「これと、これです。ではお代は・・」

 薬剤師が言いかけたのを止めて、Kは言った。

  「これで、どうでしょう?」

 リュックの中から、白いカーディガンとピンク色のスカートを取り出した。

  「え?お客さん、お金は持ってないの?」

 薬剤師がきくと、

  「昔は持っていたんですけどね。今は持たないんです」

 Kはそう言って、熱を下げる薬とお腹の薬を手に取り、去って行った。



  三番目に向かったのは、洋服屋だった。

 Kは店内を歩き回り、しっかりした生地のジャケットを見つけた。

  「これ、ください」

 洋服屋の看板娘は言った。

  「いいですよ。 ではお代は・・」

 看板娘が言いかけたのを止めて、Kは言った。

  「これで、どうでしょう?」

 リュックの中から、高級品に見える、小さなバッグを取り出した。

  「え?お客さん、お金は持ってないの?」

 看板娘がきくと、

  「昔は持っていたんですけどね。今は持たないんです」

 Kはそう言って、ジャケットを着て去って行った。



  「そんなのどろぼうじゃないか」

 Kが村を歩いていると、後ろから少年の声がした。

 振り返ると、少年がKをにらみつけていた。

  「どろぼうじゃないよ」 kは言った。

  「見てたぞ!全部。どろぼうさ!僕だってお金を持っているよ。ほら!」

少年は手に握っていた何枚かのコインをKに見せた。

  「お金を持っているんだね。では、そのお金で何が手に入るかな?」

 Kは少年に問いかけた。

  「そ、そんなの、いろいろさ!お菓子とか、カードとか・・」

  「本当に?」

 Kは片目を光らせて言った。

 「ここの村では、お菓子はみんな100円で売られていたよ。でも、ここに来る前に僕が寄った村では、お菓子 はみんな200円だった」

 少年は顔をしかめて黙った。

 Kは続けた。

  「物の価値なんて、人によって違うのさ。だから、僕はお金を持たなくなったんだ」

  「・・・・でも、いちいちそんなに多い量の物を持って歩くのは、大変じゃないか」

 なおも少年が言うと、

  「だから渡してるのさ」Kは言った。

  「その人が、今一番欲しい物を」



  Kが後もう少しで、村に着くという所で、一人の男が牧場の柵に寄りかかっている姿が見えた。

  柵の向こう側から歩いてきた髭面の男が、男に話しかけた。

  「よう。どうしたんだよ。浮かない顔して」

 男が答えた。

  「もう半年も米を食べてないんだ。ああ、米が食いたいなぁ」

 自転車屋の店長だった。



  Kが自転車を走らせていると、原っぱに一人の女が立っていた。

 女は、少し離れた所にいるカップルをじっと眺めていた。

 カップルの女は、ひらひらと回り、スカートを風になびかせていた。

 カップルの男は、にこにこしながら、その様子を見つめていた。

 少し離れた所にいる女は、自分の着ている草色のトレーナーと茶色のパンツを見下ろし、ため息をついていた。

 薬剤師だった。



  Kが薬局の前に止めた自転車に近づいた時、前方から二人の少女が歩いて来た。

  「わたしね、今度のクリスマスに、あの本に載ってた、ショルダーバッグをもらうんだ」

髪を三つ編みに結わいた少女が嬉しそうに話した。

  「いいなぁ」

 それを聞いた黒髪の少女は、うらやましそうにつぶやいた。

  「ブランドもののバッグなんて、ウチじゃ買ってもらえないわ」

 洋服屋の看板娘だった。



  Kが、洞窟とは反対側の村のはずれに着いた時、夕日が沈もうとしていた。

  「あったかな・・」

 期待を持ってリュックをまさぐったが、希望の物はリュックになさそうだった。

  「テントでしょ?探してるのは」

 後ろから先ほどの少年の声がした。

  「ウチに泊まりなよ。ウチ、宿屋だから」

 Kはまじまじと少年を見て言った。

  「ありがとう。そしたら、お礼は何がいいかな?」

 少年はニヤッとして、こう答えた。

  「いらないさ。これは、僕からの贈り物だから」

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